心に余裕がない時こそ遊びの感覚を研ぎ澄まそう♪

慌ただしく過ごす中で、本当は時間に追われたくないと考えたことはありませんか?時間に追われる苦しみや心に余裕がない悪循環から抜け出せる、ちょっとした意識の向け方で、時間の合間に出来てしまう「遊び」の感覚を今回はご紹介したいと思います。


おはようございます、
橘心理SALONの平井です。

今日の記事は私が担当させていただきますね。

この前、アメリカでのブームを起こしている、マインドフルネスという心理療法
(仏陀さんが行った気づきを利用した心理療法)
の学びの延長で、

東大で西洋哲学と仏教を学んで、そこからミャンマーに渡って現在修行実践中、
仏教学者の魚川さんという方が書かれた
「仏教思想のゼロポイント」
という本を読んでたら面白いことが書かれていました。

(ちなみに魚川さんが語る仏教というのは、日本で一般的に広まっている物語的な仏教とはまるっきり違います。魚川さん自身も相当ユニークな人です)

ーーーーー
(ブッダさんやその弟子達が人を幸せにしようというのは)
彼らは「必要だから」それをするわけではないし、「意味がある」からそれをするわけでもない。(中略)それは意味も利益も必要もなく、「ただ行われること」ということ。したがって、それは「遊び」である。
(中略)ただし誤解をさけるために念のため述べておけば、そのような慈悲の実践は「遊び」であるからといって、決して真剣におこなわれないわけではない。
ーーーーー

これは深いなぁーと思いました。
そしてこの「遊び」という感覚凄く大切だなぁと思うのです。

ブッダさんの修行の最終目標というのは涅槃といって、渇愛からの解放(愛されたいという気持ちからの解放)です。
そして「~は重要だ」みたいな物語からの解放です。

そこで、そのあと残ったものって何かというと、
純粋な遊び(ただ単に存在を楽しむ)ということです。

仏教ではこの何にも囚われない自由な感じを「遊戯三昧」と言うそうです。

そこに何か意味を持たせるのではなく、

「花が咲いてる。これは面白いな。綺麗だなぁ」

と単純に思う感覚でしょうか。

なんか読んでて、このラフな感覚っていいなぁと思いました。

私達の多くは働かなくてはいけないし、ブッタさんみたいに生きることはできないでしょう。

だけれど、気づきの力を強めていくと、
フラット(マインドフルネス)に生きることができる。

そしてその後、遊び(ただ単に存在を楽しむ)だけが残る。

そしてこのラフな感覚で生きられたら幸せかもしれないなと思いました^^

あなたに幸せが降り注ぐことを祈っております。

それでは今日も張り切っていきましょう♪

マインドフルネスに生きるについてはいかがでしたか。心を整える方法をもっと知りたい方はこちらから

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